大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋家庭裁判所半田支部 昭和49年(家イ)46号 審判

申立人 国籍 韓国 住所 愛知県

金仁玄(仮名)

右法定代理人親権者母兼申立人 国籍韓国住所愛知県李起恵(仮名)

相手方 国籍 韓国 住所 愛知県

金泰仁(仮名)

主文

相手方と申立人金仁玄との間に親子関係のないことを確認する。

理由

1  申立の要旨

申立人李起恵は、相手方と昭和四六年四月二二日結婚式を挙げ、相手方の肩書住所にて同棲し、同年五月一四日半田市役所へ婚姻届を提出して夫婦となつたが、同人と不仲となり、約三か月を経た同年八月上旬ころ、上記相手方宅から家出、別居し、事実上の離婚状態となつた。その後、昭和四七年七月五日申立人李起恵は、申立外朴讃河と同棲し、同申立人の肩書住所にて事実上の婚姻生活を続けていたところ、懐妊し、昭和四九年五月一二日申立人金仁玄を分娩した。しかるに、申立人李起恵と相手方との離婚届は、昭和四八年一一月五日に至つて瀬戸市役所に提出されたため、申立人金仁玄は相手方の嫡出子と推定され申立人李起恵はやむなく相手方の子として昭和四九年五月二五日瀬戸市役所に出生届を提出した。しかしながら、申立人金仁玄の真実の父は申立外朴讃河であるから、主文同旨の調停並びに審判を求める。

2  昭和四九年七月二日当庁で開かれた調停委員会において、当事者間に主文同旨の合意が成立し、その原因となる事実についても争いがないので、当裁判所は事実を調査したところ、本件事実関係は申立人ら主張のとおりであることが認められた。

3  そこでまず、本件について我が国が裁判管轄権を有するかどうかを検討する。

この点に関する明文の規定は我が国には存しないのであるから、条理によつてその欠缺を補充するほかないが、証拠の収集、裁判の迅速、経済等を考慮すれば、常居所を基準にして管轄権の帰属を決定するのが相当であると解せられるところ、これを本件についてみるに、相手方は我が国に常居所を有し、また、我が国の裁判所で本件を審理、判断するについて何ら異議を止めず、本件調停に出席し、上記合意をなしており、かつ申立人両名も我が国に常居所を有しているのであるから、本件については、条理上、我が国に裁判管轄権があるものと解するのが相当である(昭和四七年一一月二四日法制審議会国際私法部会小委員会、法例改正要綱試案親子の部法曹時報二五巻六号五五頁以下)。しかして、日本国内法上当裁判所に管轄のあることは明らかである(外審規一二九条)。

次に、本件が国際私法上いかなる法律関係であるか、したがつて、また、その準拠法如何の問題について検討する。

本件は婚姻中に懐胎せられた子及びその母が、父を相手方として、その嫡出親子関係を否認し、親子関係の不存在確認を求めるものであるから、その法律関係は国際私法上嫡出親子関係の存否に関する事件であると解せられる。したがつて、本件には、法例一七条が適用されることになり、その準拠法は、母の夫の本国法すなわち相手方の本国法である大韓民国法によることとなる。なお、同国渉外私法によれば、本件の場合、日本法に反致されることはない。

そこで進んで本件申立の当否について検討する。

大韓民国法八四四条一項二項によれば「I妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。II婚姻成立の日から二〇〇日後又は婚姻関係終了の日から三〇〇日内に出生した子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」と規定されておるが、同法の解釈としても、父性推定は懐(胞)胎可能を前提とするものであり、夫婦別居中に懐(胞)胎した子は父性の推定を受けず、このような場合、子及びその母は、父子関係を否認するため、親子関係不存在確認の訴を提起することができると解するのが相当である(権逸「韓国親族相続法」一一三頁以下)。

本件の場合、事実関係は上記2に認定したとおりであるから、この事実によると、申立人らは、相手方に対し、親子関係不存在確認の訴を提起することができることになる。そこで、母である申立人李起恵は子である申立人金仁玄の親権者であるかどうかを検討する。この点に関する準拠法は法例二〇条により父の本国法である大韓民国法によることとなる。同国民法九〇九条五項は「父母が離婚するとき又は父の死亡後母が実家に復籍又は再婚したときは、その母は前婚姻中に出生した子の親権者となることができない」と規定しているが、これは子が父性推定を受ける正常な婚姻関係が離婚に至つた場合にその子の親権者を定める場合の規定であり、夫婦別居中に懐(胞)胎した子が父性の推定を受けないことは上記のとおりであるから、このように夫婦別居中に母が懐胎した場合に、その夫婦が子の出生前に離婚した場合には、同項はその前提事実を欠くこととなるのでこれを適用することができず、他に同国民法中にはこの点に関する明文の規定は存しない。したがつて、このような場合の子の親権者を定めるには、同国民法九〇九条三項「婚姻外の出生子に対し、前項の規定による親権を行使する者がないときは、その生母が親権者となる」旨の規定を準用して、母が親権者になると解するのが相当である。そうであれば、本件の場合、母である申立人李起恵は子である申立人金仁玄の親権者であり、適法に法定代理権を有することになる。また、大韓民国人事訴訟法三四条は親子関係の訴の当事者として母の前配偶者のほか母の配偶者をも相手方としなければならないとしているが、父子関係不存在確認の訴の当事者としては、国際人事訴訟法の見地からすれば、子、母及びその前配偶者が当事者になれば足りるのであつて、母の現在の配偶者までをも当事者とする必要はないと解せられる。されば、本件申立は、この点に関しても適法であるといわなければならない。問題は、本件を我が国の家事審判法二三条の手続によつて処理することができるかである。ただ単に手続は法廷地法によるとしてこれを肯定することは早計に過ぎるが、我が国の上記手続は、訴の本質を損わずに、ただ事実認定等の手続を簡易化した人事訴訟手続のいわば代用手続であることに鑑みると、大韓民国が、同国の人事訴訟法二条四号及び同国家事審判法二条により、訴又は審判の形式により親子関係存否確認請求を認めている以上、我が国の家事審判法二三条の手続によつてこれを審理判断することは何らさしつかえないものと考えられる。

以上のとおりであり、上記2の認定事実によると、申立人金仁玄と相手方との間に親子関係がない旨の合意は真実に合致していること明らかであるから、上記合意を相当と認め、本件申立は正当として認容することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 大津卓也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例